瀬戸田の未来を育てる。4つの視点から見えた共育のかたち
前回の記事では、「共育(きょういく)」というテーマが瀬戸田で必要とされる理由をたどり、その背景にある社会状況や地域の変化、そしてアドバイザーによるプレゼンの内容を紹介した。前編>>>「共育は地域をどう変えるのか。瀬戸田で始まった、新しい学びの対話」
三豊市で育まれてきた共助の文化や、全国で広がりつつあるデュアルスクールの事例から見えてきたのは、地域と学びの関係を見つめ直すことで、暮らしや未来の可能性は大きく広がるという手応えだった。
では、このテーマを瀬戸田に置き換えてみると、どんな未来が描けるのだろうか。
今回の記事では、その問いに向き合う4人の立案者の視点に焦点をあてたい。瀬戸田に暮らす人もいれば、他の地域から関わりをつくろうとしている人もいる。立場も経験も異なる4人が、それぞれに思い描く瀬戸田の未来を言葉にし、ワークショップの場でアイデアとして発表した。
この記事では、その4つのアイデアとアドバイザーから寄せられたコメントを紹介しながら、瀬戸田の未来を形づくるヒントを探っていく。
瀬戸田高校から世界へ
─奥本さんの提案

瀬戸田高校は今年で創立100周年を迎える。しかしこれまで、留学生の受け入れや国際交流の取り組みはほとんど行われてこなかったため、その状況を変えたい。奥本さんの提案は、そんな思いから始まった。
きっかけは、三井物産で留学支援に携わっていた知人の存在だった。そこからオーストラリアと瀬戸田をつなぐという試みが動き出す。
広島県に入ってくる石炭の約3割がオーストラリア産であるように、私たちの暮らしは気づかないところで世界とつながっている。そのつながりを体験を通して実感してほしいという思いから、AFS日本協会 尾三支部と連携し、瀬戸田で2名の留学生を受け入れることが実現した。ホストファミリーは瀬戸田の一般家庭であり、日常そのものが交流の場となった。

さらに、瀬戸田高校100周年事業の一環としてオーストラリア渡航研修も実施された。同窓会の支援を活用し、渡航費約28万円を含む総額約50万円の費用を、家庭の負担を約30万円に抑える工夫がなされた。現地ではBBQ文化をはじめ生活文化に触れ、参加した高校生は「新しい自分に出会いたい」と語りながら、大きな変化を感じていたという。
大人にとっても学びの多い取り組みだった。奥本さんは、この海外研修の経験を単発の特別イベントで終わらせず、子どもと大人が一緒に育ち合う仕組みとして継続させたいと考えている。
ただ、課題も見えている。今回のプログラムは大人4名のボランティアワークに大きく支えられており、現状のままでは持続性に限界がある。今後は安定した資金調達の方法をどう設計するかが鍵となる。

ワークショップ当日は、アドバイザーから次のような視点が寄せられた。
吉田さん:
「学びの場は海外だけではない。日本のローカルにも、子どもが想像以上の体験を得られる場所はたくさんある。そういう選択肢も考えても良いのではないか」
古田さん:
「資金の集め方はもっと多様に考えられる。子ども自身がクラウドファンディングを立ち上げることもそのひとつ。資金調達も教育の一環としてもいいのではないか。地域企業が基金をつくり、その運用益を地域の子どもたちに還元する仕組みを生むという方法もある」
瀬戸田高校で始まったこの国際交流の動きは「世界の広さを体験できる環境を届けたい」という願いを出発点にしている。この挑戦が続いていけば、瀬戸田で育つ子どもたちが、地域と世界のどちらにも翼を伸ばせる未来が、少しずつ形になっていくはずだ。
瀬戸田をアートで再編集する
─田中さんの提案

松山のアートプロジェクトに関わった経験をきっかけに、田中さんは「アート」という表現方法に強く惹かれるようになった。専門的な知識があるわけではない。それでも、アーティストの作品に込められた問いかけと対話する時間に、これまでとは違う世界の見え方が生まれることに気づいたという。
田中さんが目指しているのは、瀬戸田の地域資源をアート視点で見直し、学びや交流につなげていくプロジェクトである。

瀬戸田には、歴史や文化が幾重にも折り重なった豊かな土壌がある。「この土地の可能性はとても大きい」と田中さんは語る。だからこそ、アートを通じて地域の魅力を再編集し、今まで気づかなかった価値を浮かび上がらせたいと考えている。

具体的には、瀬戸田港の目の前にあるスペースを活用し、<観察する→視点を変える→作品として表現する>というプロセスを多くの人と共有するような場を構想している。瀬戸田の日常をアートのまなざしで捉え直すことで、地域に対する新しい気づきや対話が生まれるはずだ。
アドバイザーからは次のような視点が寄せられた。
古田さん:
「アートに何を掛け合わせるかが鍵になる。意外性が生まれたとき、土地に新しい価値が生まれる。補助金がなくても続けられる仕組みをどう組み立てるかも考えたい」
吉田さん:
「他地域の事例では、安い空き家を借りて制作の場にし、そのプロセスを公開することで地域の空き家問題にも寄与した例がある。アートを別の課題と掛け合わせることで差別化ができる」
田中さんが描くアートプロジェクトは、地域を新しい視点でとらえ直すための装置をつくることと言い換えることもできる。瀬戸田の日常の風景に、別の角度から光を当てる。その積み重ねが、新しい交流や活動の種になるかもしれない。
島の大人も関わる進学塾をつくる
─二宮さんの提案

二宮さんが提案したのは、瀬戸田で小学生・中学生・高校生を対象とした進学塾の開設だった。
背景には、島の教育環境が抱える課題がある。進学塾に通うためには月額およそ3万円の交通費がかかり、家庭によっては大きな負担になる。この状況が改善されなければ、子どもたちの学びの選択肢は島内で閉じてしまう。

二宮さんはNPO法人BORDER FREEの共同創設者・理事長であり、これまで東京・千葉・栃木・熊本などで、放課後学習教室や集団授業教室、オンライン個別指導STRADAを企画し、延べ240名以上の学習を支えてきた。その知見を土台に、瀬戸田でも月額7,000円で通える進学塾を構想している。放課後学習教室、オンライン個別指導、島内の大人による体験イベントや探究活動、東京の大学オープンキャンパスツアーを組み合わせ、民間塾と比べて非常に安価かつ質の高い学びを提供する計画だ。

さらに二宮さんは「教育を起点に、子どもたちが大人になっても帰ってきたくなる島をつくりたい」と語る。島根県海士町や山口県周防大島町でも、教育を起点にした地域づくりが若者のUターンを後押しし、20代移住者が全国平均の約3倍に増えた事例があるという。
子ども時代にどんな経験をし、どんな大人と出会うか。それは「また帰ってきたい」と思える理由になり得る。だからこそ、島の大人たちが子どもと関わり、学びの機会をともにつくることに意味があると二宮さんは考えている。
アドバイザーからは次のような視点が寄せられた。
吉田さん:
「とても良い提案。大切なのは、島に帰ってきてでもやりたい仕事があるかどうか。地域の企業にも協力してもらい、職場体験や仕事のリアルに触れられる場をつくっていくことが必要」
古田さん:
「高校進学や大学進学は絶対ではない。東京に出る選択肢はあっていいが、そうでない学び方・生き方があることも伝えたい。島の価値は多様な生き方が許容されることにもある」
しおまちとワークショップで司会を務めた、しおまち企画の小林も二宮さんのアイデアにコメント。
小林:
「瀬戸田に縁がなくても、ここまで島の未来を考えてくれていることがとても心強い。次の回では、ローカルにとって本当に必要な教育とは何かをさらに深めていきたい」
二宮さんの提案は、単に進学塾をつくるという話ではない。地域の大人が子どもの学びに関わり、新しいつながりが生まれ、未来の担い手が育つ。その循環を島に根づかせる挑戦でもある。
瀬戸田で未来の関係人口を育てる
─内藤さんの提案

内藤さんが見据えているのは、瀬戸田に関わる子ども世代の裾野をどう広げるかという問いだった。
観光地としての瀬戸田は、これまでも多くの人を受け入れてきた。宿泊施設は15軒から35軒へと増え、年間宿泊者数も11,000人から53,000人へと急増している。しかし、このにぎわいがそのまま未来の地域を支える力につながっているかというと、まだ道半ばである。
瀬戸田には、高校89人、中学校158人、小学校250人が通っている。出生数は14人。数字を見るほどに、将来の地域を担う人材の不足は避けられない。だからこそ内藤さんは、子どもたちの関係人口をどのように広げるかに取り組みたいと考えている。

そこで示したのが、官民が連携して提供する、瀬戸田ならではのデュアルスクール構想だ。
学びの拠点を学校に閉じず、まち全体を教室に変えていく。ひとりの子どもが複数の地域に居場所を持つことで、将来の選択肢は大きく広がる。これまで短期の観光で終わっていた関係を、長期滞在を伴う学びへと転換する。瀬戸田の自然、文化、仕事に触れながら学ぶ機会をつくることで、「また瀬戸田に戻りたい」と思ってくれる子どもたちが生まれるかもしれない。そんな仮説のもと、内藤さんは次の種まきを描いている。


アドバイザーからは次のような視点が寄せられた。
吉田さん:
「今後10〜15年で、『親が東京出身』という子どもが全国的に増えると言われている。地域の魅力に触れた経験は、その後の人生で地域へ目を向けるきっかけになる。瀬戸田はその魅力のポテンシャルが非常に高く、来た人がファンになって移住する未来も十分にありえる」
古田さん:
「ひとつのコミュニティだけに属するとヒエラルキーの影響を受けやすい。いくつものコミュニティに属することで、子どもはより自由に、のびのびと関係性を育める。瀬戸田で多様な大人と出会える環境づくりがとても重要」
内藤さんの提案は、教育制度そのものを変えようとするものではない。瀬戸田に滞在する子どもたちが増え、地域との結びつきが育つことで、「いつか瀬戸田に関わりたい」という未来の芽を育てる種まきである。観光地としてのにぎわいと、未来の地域づくり。その二つをつなぐ可能性が、デュアルスクールという新しい入り口から立ち上がろうとしている。
共育の未来へ、次の一歩を踏み出す

瀬戸田には、自然も、文化も、人とのつながりも、学びの種になるものがすでに豊かに広がっている。その可能性をどう捉え、どんな仕組みとして育てていくのか。今回の議論は、その最初の扉をひらく時間だった。
次回のワークショップは11月30日(日)14:00〜17:00/瀬戸田市民会館にて開催予定(※途中参加・退出も可)。テーマは「未来を見据えた学びの形」。アドバイザーによる講演に加え、今回発表のあった4つの提案をさらに深める場となる。
瀬戸田で芽を出し始めた共育の流れに関心のある方は、ぜひ気軽に会場へ。そこで交わされる対話や熱量は、きっと新しい気づきの種となり、次の未来をつくる力になるはずだ。
執筆:小嶋正太郎








