共育は地域をどう変えるのか。瀬戸田で始まった、新しい学びの対話
2025年11月2日(日)、「しおまちとワークショップ きょういく編」の第1回が開かれた。瀬戸田の未来を考えていくうえで欠かせない視点として「共育(きょういく)」をテーマに据え、全4回のプログラムの最初にあたる今回は、その背景や意味を確かめる時間となった。
この記事では、まず「共育」というテーマが選ばれた理由を紹介し、続いて当日に行われたアドバイザーのプレゼン内容をまとめている。香川県三豊市で地域づくりに取り組む古田秘馬さんと、全国でデュアルスクールを広める吉田和史さんが登壇し、約30名の参加者とともに「教育」と「共助」が地域にもたらす可能性を探った。
ここで共有された視点は、今後の議論をより深めるための土台にもなる。次へつながる手がかりとして、内容をここで振り返っておきたい。
瀬戸田の“これから”を考える


今回のテーマに「共育」を掲げた背景には、瀬戸田が近い将来向き合うことになる社会課題への危機感がある。
2019〜2021年には、初回となる「しおまちとワークショップ まちおこし編」が開かれ、しおまち商店街を中心に、まちおこしや観光のあり方を模索してきた。当時は「レモンの島なのにレモンを感じられる場所が少ない」という声から始まり、ポストやシャッターをレモン色に塗るなど、小さなアクションを積み重ねていった。
その積み重ねの上に、2021年以降はAzumi Setoda、yubune、SOIL Setoda、BONAPOOLなどの宿泊施設が次々と誕生し、それに呼応するように飲食店も増えた。せとだレモンマラソン、レモン祭り、しまなみ映画祭といったイベントも生まれ、地域の魅力が島内外の人たちへと改めて伝わり、瀬戸田全体の空気は目に見えるかたちで変わり始めている。
この5年間で宿泊施設の数は約3倍に増え、働く場が増えたことで、20〜30代の移住者は増えている。一方で、地域の将来を見据えると、少子高齢化の波は確実に進んでいる。2024年の出生数は14人。近い将来、小中学校をどう維持するか、地場産業をどう継続するか、そして地域を支える人材をどう育てていくか。

今、瀬戸田はその問いに向き合うタイミングに来ている。
そこで見えてきたのが「教育」をもう一度捉え直す必要性だった。そして、その鍵として「共助」という視点が活きるのではないか。そうした流れの先に「共育」というテーマが生まれた。
テーマを深めるためにアドバイザーとして招いたのは、古田秘馬さんと吉田和史さん。
古田さんが活動する香川県三豊市は、瀬戸田とよく似たローカルエリアで、若い世代が中心となって地域の新しい形を生み出してきた。その旗振り役として古田さんは「共助」という考え方を実践し、教育にも積極的に関わってきた存在だ。
一方、吉田さんは全国でデュアルスクールの仕組みづくりに携わり、子どもが地域と関わりながら学ぶスタイルを提案している。尾道市でも導入を検討していただきたい取り組みであり、瀬戸田にとっても大きなヒントとなる。

この2人の視点を通して、「共助」と「教育」をどのようにつなぎ直せるのか。そこから、これからの議論を進めていくための第一歩が始まった。
三豊に根づいた
みんなでつくる文化

古田さんが活動拠点としている香川県三豊市仁尾町(以下、三豊)は、人口およそ4,800人の小さなまちだ。かつては塩田で栄え、現在は人口減少と市場縮小の課題に向き合っているという点は、瀬戸田とよく似ている。
ただ、そのなかで三豊は独自の進化を遂げてきた。背景にあるのが、古田さんが繰り返し語る「共助」という考え方である。

彼は、グローバル経済を前提としたスケール型のビジネスモデルは、ローカルでは必ずしも機能しないと指摘する。だからこそ、土地に根ざした価値観を基盤にするローカリズムの視点を大切にしてきた。高付加価値を追うのではなく、地域ならではの意味や文脈から他にはない価値として“他付加価値(たふかかち)”をつくるアプローチだ。
象徴的なのが「うどんキット」だ。地域の文化や歴史を見直し、うどんの食材にワークブックや体験工程を組み合わせることで、食育という新しい意味を吹き込んだ。三豊で生まれた取り組みの多くは、このローカル起点の視点から芽吹いている。
その積み重ねの結果、三豊にはみんなでつくる文化が根付いた。地元事業者が出資し合ってホテル「URASHIMA VILLAGE」やブルワリー「みんなでブルワリー」を立ち上げ、それを見た人たちが新たな挑戦へと踏み出していく。人口あたりのクラウドファンディング実施率が高いのも、その空気の表れだ。
さらに、週3日農業に従事すれば原則無料で暮らせるレジデンスなど、挑戦しやすい仕組みも整備されている。お金ではない価値が金銭と同じくらい尊重されている三豊らしい仕組みだ。「URASHIMA VILLAGE」の投資者が、金銭の利回りだけでなく、年間宿泊券といったリターンを受け取っていることも象徴的である。

つまり三豊では、リターンをお金だけに限定しない。地域での労働や、土地にしかない体験といった価値も資本として扱い、それらが回り回って次の挑戦を支える構造が育ってきた。共助の精神が、暮らしや事業の設計にまで深く浸透しているのだ。
もちろん、三豊の取り組みをそのまま別の地域で実施することは難しい。古田さんも「三豊だからできた」と語っていた。ただ、その背景にある構造に目を向けると、多くのヒントが浮かび上がる。
・挑戦する人を応援する文化を育てる
・価値をお金だけで測らない
・自分たちで未来の基盤を整える
こうした姿勢を支えているのが「共助」であり、瀬戸田がこれからを考えるうえでも欠かせない視点だろう。
【古田秘馬 氏】
東京・丸の内「丸の内朝大学」などの数多くの地域プロデュース・企業ブランディングなどを手がける。農業実験レストラン「六本木農園」や和食を世界に繋げる「Peace Kitchenプロジェクト」、讃岐うどん文化を伝える宿「UDON HOUSE」など都市と地域、日本と海外を繋ぐ仕組みづくりを行う。現在は地域や社会的変革の起業への投資や、レストランバスなどを手掛ける高速バスWILLER株式会社やクラウドファンディングサービスCAMPFIRE、再生エネルギーの自然電力株式会社・顧問、医療法人の理事などを兼任。2021年には、瀬戸内の香川で、地域の事業者で作る宿・URASHIMA VILLAGEを開業。地域の共助の社会ストラクチャーデザインを専門とする。2023年香川県にLife Science Studio“The CAPE”をオープンさせて活動の拠点とする。
学校をきっかけに
地域とのつながりが増えていく

吉田さんが推進している「デュアルスクール」は、住民票のある自治体とは別の地域の学校にも通えるようにする仕組みだ。
日本の学校制度では、基本的に住民票のある地域の学校に通うことになっている。ただし実際には、昔から「区域外就学(=正式な転校手続き)」や「体験入学(=短期滞在で別の学校に通える制度)」を活用すれば、他地域で学ぶことは可能だった。吉田さんは、この既存制度を組み合わせることで、親子がもっと自由に地域を行き来できる学びのかたちをつくり出した。

この仕組みがもたらす効果は大きい。
一つは、親子での二地域居住や移住のきっかけになること。もう一つは、子どもの学びが広がることだ。普段とは違う環境で、新しい友だちや価値観に出会うことで、コミュニケーション力や自己表現が前向きに変化するケースは多いという。実際、長野県松本市では廃校を防ぐための教育施策・移住施策として取り入れられ、秋田県五城目町では開かれた教育という地域方針の見直しにもつながった。

導入ハードルも高くない。区域外就学は公立校同士であれば正式に認められ、体験入学は比較的手軽に始められる。受け入れ側の負担は発生するものの、地域が意思決定すれば大きなコストをかけずに取り組める仕組みだ。
では、どんな地域が子どもや保護者に選ばれるのか。
吉田さんによると、「自然体験ができる地域」や「生徒同士の距離が近い小規模校」がとても人気だという。反対に、街なかの学校は意外と選ばれにくい。子どもにとっては日常では得られない体験が、親にとっては家族の時間が深まる環境が求められているからだ。そう考えると、瀬戸田の自然や島ならではの小規模さは、デュアルスクールとの相性が非常に良い。
吉田さんの話から見えてくるのは、教育を起点にしながら地域との関わり方そのものを増やせるという視点だ。デュアルスクールは単なる教育制度ではなく、移住促進・地域づくり・関係人口の拡大を同時に動かす可能性を持っている。
瀬戸田の未来を考えるうえで「地域に学びに来る子どもたちをどう迎えるか」という問いは、これからの大切なテーマになっていくだろう。
【吉田和史 氏】
IT関連のコンサルティング会社を経て、2015年、株式会社あわえに入社。入社後は、地域人材育成事業の統括を行い、全国に地域活性化事業を広げていく地方創生推進部の立ち上げと拡大を行い、300を超える自治体を支援。現在は、デュアルスクールの全国導入を行いながら、社会変革を起こすための新規事業開発に向けて邁進中!自身も都市部と地方の二地域居住を経て、山形県高畠町へ移住。
瀬戸田が次の一歩を踏み出すために

2人の話から浮かび上がったのは、価値は新しくつくり出すだけではなく、地域にすでに存在するものを別の角度から捉えることで立ち上がってくるという視点だった。三豊の“他付加価値”の発想も、デュアルスクールの柔軟な運用も、特別な資源より見方を変えることが出発点になっている。小さな実践が積み重なることで、新しい評価軸や人の流れが生まれていった点は共通していた。
もう一つの重要な気づきは、挑戦が思いがけない広がりを連れてくるということだ。地域で起きる変化は、当初の目的を越えたところから生まれ、次の動きを呼び込むことがある。こうした連鎖をどうつくり、どう受け止めるかが、これからの地域づくりの鍵になる。
その視点で瀬戸田を見つめると、新しい試みを受け入れやすい空気や、それを支える人のつながりがすでに存在していることにも気づかされる。小さな行動が未来の変化の種になり得るという意味で、瀬戸田は大きなポテンシャルを秘めた地域だと言えるだろう。
そして、この流れを次につなぐ場として、第2回ワークショップが11月30日(日)14:00〜17:00/瀬戸田市民会館にて開催される(※途中参加・退出可)。テーマは「未来を見据えた学びの形」。アドバイザーによる講演に加え、今回生まれた4つの提案をさらに深めていく予定だ。
ワークショップの後半では、4人の立案者が自ら「共育」をテーマにしたアイデアを持ち寄り、発表を行った。続く記事では、その内容を紹介していきたい。
執筆:小嶋正太郎








