Project Description

#地元の声 #インタビュー

古きを守りながら、新しきを受け入れ、共に創り上げていく

食事処の店主 こうぞうさん

こうぞうさん

・商店街の輪の会長
・商店街の人気食事処の店主
・地元の中学校の野球部のコーチ

「わか葉」ののれんをくぐる。
どこかつられてしまう、階段をテンポよく駆け降りるような笑い声が聞こえる。「しおまち商店街の輪」の会長を務めるこうぞうさんだ。「わか葉」でお客さんを迎えながら、今日も商店街に関わる様々な人の架け橋となっている。そんなこうぞうさんに、商店街の輪を立ち上げた経緯や商店街に対する思いを伺った。そのお話から見えてきたのは、今後瀬戸田に住まう人が共通で目指すべき「商店街の姿」だった。

商店街の世代交代
こうぞうさんは中学生までを瀬戸田で過ごしたが、その後は高校・社会人時代と一旦瀬戸田を離れた。その後、しまなみ海道開通を機に実家で経営しているお店「わか葉」を手伝うために、再び瀬戸田へ。Uターン後、商工会の青年部に入り「地域のために何ができるのか」ということを学んだそうだ。

「商工会っていうのは、地域の裏方。あって当たり前の役割。自分たちの時代にあったそういう役割をなくしてはいけないなと思った。」

まちのために奔走する先輩の後ろ姿を見て、若いものがまちを引っ張っていかないといけないと感じ、青年部の部長に名乗りを上げた。
その後「耕三寺参道商店街」から「しおまち商店街」へと名前が変わり、組合が発足。
高齢化が進む商店街を盛り上げるために様々な取り組みを行ってきた。
この頃、瀬戸田で自転車事業が流行りだしてきたり、未来心の丘が建設されたりと、地元の人はあまり乗り気ではない取り組みも見られるようになってきた。
これまでの商店街のまちづくりに取り組んできた先輩の背中を見て「衰退しゆく地域のために何かできることはないか」と模索していた最中、商店街の組合が解散し、世代交代のタイミングが降りかかった。

ここは、もっといいまちなのかもしれない
商店街の組合が解散してから、瀬戸田には前の世代の人が繋いできてくれた資源がたくさんあることに気づいたという。

「眠っている資源、ポテンシャルがたくさんあるのに活かしきれていない、というのが現状だった。いろんな活動はしていたけど、地元としてはピンとこなかった。あって当たり前のものは、宝物に見えなかったんよ。」

だが一方で、お寺や井戸など「宝物に見えなかったもの」も外から来たお客さんにとっては好感触だった。
その後、全国的に「地方」に人々の注目が集まるようになると、その波は瀬戸田にも到達する。

「観光客の目が瀬戸田に向くようになってきて、ここは案外いいまちなのかもしれない!と思うようになった。それで地元に対する地域の人のマイナス思考に気づいた。ここは、もっと自分のまちに自信を持たないけんなと。」

外からの目線によって、瀬戸田に対するこうぞうさんの見方が変わりつつあったちょうどその頃、Azumi Setodaの計画を知ることとなる。

「あの『堀内邸』がなんか動くらしいぞ、となって。自分たちが知らない間に商店街が変わってしまうと思って火が付いた感じ。」とこうぞうさんは当時の心境の変化を語る。
※『堀内邸』= 瀬戸田で栄えた豪商「堀内家」が所有をしてた商店街に位置する立派なお屋敷

それから商店街の組合を作ろうと試行錯誤を重ね、2018年に「商店街の輪」を立ち上げた。
そして、会が発足し動き出すタイミングで、しおまちとワークショップも始まった。

しおまちワークショップとは、尾道市・せとうちDMO・しおまち企画の3者が共同で開催をしたワークショップ(2019年~2022年)。地元の人のほかにも外部の企業や教育従事者も多く参加し、近年の瀬戸田の盛り上がりを象徴するワークショップである。

「この機会を利用して、ワークショップと同時に会としての方向性、まちとしての方向性を決めていこうと思った。」と、会としての組織づくりというよりかは、ワークショップの方に力を入れながらまちづくりの新たな取り組みを進めていった。

一方で、「商売人というのは、組織の中に入ることに対して抵抗がある。だからワークショップと個々の店の商売は別で考えなければいけない。」

実際にこうぞうさんもお店を営む、個の事業者でありながら、地元のお店と多様な関係者を繋ぐ立場として動く難しさも垣間見えた。

50年、100年先も変わらない商店街を

商店街のなかで、そのような多様な人の「橋渡し」的な役割を果たしているこうぞうさんだが、しおまち商店街を良くしていこうとするモチベーションが続くのはなぜなのか、問いてみた。

「絶対ね、俺一人じゃ何もできんのよ。」とこうぞうさん。

「『50年も100年先も変わらない商店街を』という人の想いがモチベーション、というか支え。そういう、『この町のために何かしたい』っていう外からの人は本当に有難くて学ぶことも多い。」

まちのことを想う人と一緒に取り組む姿勢を大切にされていることが伺えた。

「商店街はこれから、極端に変わらないようにすることが大事。足りないものはたくさんあると思うけど、周りの人が『いいまちだね』と言ってくれている今の雰囲気をなくしちゃいけないと思う。」

島が変わる契機を感じる中、残すものは残して変えるものは変えていくのが重要なポイントだが、このバランスが難しいという。

移住者との関係性作り

「店をつくるときに、既存の店へのプレッシャーにはなりたくないという気持ちもある。極力は被らんように、商店街に不足している店を慎重に出していく必要がある。」

「移住者が事業を始める前に、商店街としての僕らの想いを一度伝える機会というのは作りたい。その人となりを知る機会があったらいい。知らん間にお店ができる事態は避けたいよね。」

移住者と一緒にまちを良くしていきたい。
そのためにまずは瀬戸田というまち、これまで連綿と受け継がれてきた商店街の取り組みを商店街側が伝えると同時に、移住者側が理解する努力をしていくことが重要だという思いがある。

「よそもの・わかもの・ばかもの、この3つが必要というように、外から人が来るのはいい流れ。
だから、移住者と地元の人と信頼性をきちんと築いていけば、後世の移住者にも良い関係性がバトンタッチできる。」

“50年先も100年先も変わらない商店街”を守るために、店の個のコンセプトや空気は大事にしつつも、商店街の一員であることは忘れてはならない。

またこうぞうさんの言葉から感じたのは、移住者には地元の人とオープンに接してほしいという思いがあるということ。

「まちならではのややこしい掟があるという側面ももちろんある。移住者にとっては、そのルールを最初に知っておくことが大事。」
瀬戸田の生活に溶け込めているかな、うまくやっているかな、その人が誰であれ、島の人は心配してくれている。

瀬戸田には移住の先輩がたくさんいる場所だ。
商店街のお店でお酒を飲みながら、移住者の先輩や地元の人と気軽に相談したり、他愛もない話をするのもまちへの入り口の一つだろう。

2022.2.22 インタビュー 編集:志賀まみ